相続の手続きはとても面倒ですが、相続税がかかるほどの遺産がないからといって放っておいたら思わぬことになるかもしれません。相続の放置によって起こるかもしれないトラブルについて取り上げてみます。

■相続するのは、不動産や預金などの財産だけではない

相続というと、不動産や預金など故人の遺した遺産を譲り受けることを思い浮かべるかもしれません。

民法は相続について、「被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」と規定しています。相続人は、所有権などプラスの財産だけでなく、借金の返済義務などマイナスの財産も引き継ぐことになるのです。

したがって、親が亡くなった時には、遺産のことだけではなく、借金をしていなかったかどうかまでよく調べておかないと後で困ることになります。

遺産の額よりも債務のほうが多い場合

債務があっても遺産の額のほうが多ければ、遺産を処分して借金の返済に充てれば済むかもしれません。逆に債務のほうが大きい場合は、相続人が身銭を切らなければならなくなってしまいます。このような場合にとれる方法が二つあります。

一つは「相続放棄」です。相続人としての権利を放棄しますので、遺産はもらえませんが、被相続人の債務についても責任を負うことはありません。家庭裁判所に申し立てることによって相続を放棄することができます。

もう一つは「限定承認」という手続きです。相続人が債務を負担するとしても相続財産の範囲内でしか責任を負わないという制度です。遺産の額と債務の額とどちらが大きいか明らかでない場合には安全な制度と言えます。結果として遺産の額のほうが大きければプラスになるし、債務の額が大きかったとしてもマイナスになることはありません。便利な制度のようですが、相続人全員で家庭裁判所に申し立てなければなりません。

これらの方法を選択できるのは、相続人となったことを知った時から3か月以内です。それを過ぎると相続を承認したものとして扱われ、遺産も債務も全て相続することになるので注意しましょう。

相続人が複数いる場合の責任の範囲

相続の放棄や限定承認をしなかった場合は相続を承認したことになりますが、複数の相続人がいる場合に、それぞれの相続債務の負担はどうなるでしょうか。

相続財産を誰がどのような割合で相続するかは、遺言があれば遺言で指定されたところによります。遺言がない場合は、相続人全員で協議して遺産の分け方を決めるか、民法で定める法定相続分によって相続されることになります。

法定相続分というのは、例えば、被相続人に配偶者と二人の子どもがいる場合ですと、配偶者が相続財産の2分の1を、子どもがそれぞれ4分の1ずつを相続するというように、民法で定められたルールです。

例をあげてみましょう。
相続人になるのは誰か?

被相続人には妻と二人の子(長男・次男)がいます。相続財産の額は4000万円ですが、5000万円の負債があります。相続人である妻と子は相続放棄や限定承認の手続きをすることなく、死後3か月以上が経過しました。

相続人である妻と子は夫(父)の死亡を知ってから3月以内に相続放棄や限定承認の手続きをしなかったので、相続を承認したことになります。したがって、5000万円の債務も相続人らが負担しなければなりません。
相続財産を処分しても1000万円の借金が残ります。これは相続人自身の財産から返済するしかありません。

ここで、5000万円の債務について、各相続人がそれぞれどれだけ負担しなければならないか考えてみましょう。

相続財産4000万円については、法定相続分によれば、妻Bが2分の1の2000万円を、子CとDがそれぞれ4分の1の1000万円を相続することになります。
債務についてはどうでしょう。裁判所の判例は、債務についても相続分に応じて、相続人が分割して承継すると示しています。したがって、5000万円の債務について、妻Bは2分の1の2500万円、子CとDはそれぞれ1250万円ずつの責任を負うことになります。
損得をわかりやすくしてみましょう。

  • 妻 遺産2000万円-債務2500万円で500万円の損失
  • 子 遺産1000万円-債務1250万円でそれぞれ250万円の損失

なお、遺言や相続人間の協議(遺産分割協議)で法定相続分と異なる相続割合を決めた場合はそれにしたがって遺産が分けられるのですが、債務については注意が必要です。

例えば、夫である被相続人が妻に全財産を与えると遺言書に書いていたとしても、相続債権者は、子に対しても法定相続分に応じた返済を求めることができるというのが最高裁の判例です。妻が全て相続するというのは債権者の関与しないままにされたことなので、債権者にまで効力は及ばないということです。相続でお金や財産が入ったつもりでいたら、自分の身銭まで切らなければならなくなったということだってありえます。債権者からの請求を放置しておくと、自分の財産まで差し押さえられてしまうことだってあるかもしれません。くれぐれも注意しましょう。

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