家族信託は信頼できる相手との「契約」であり、契約当事者となる人(親と子など)が契約の目的や効果を理解していないとできません。ですので、老親の認知症が進んでいるケースではもはや手遅れとなってしまいます。
受託者となる子は、あくまで財産の管理・処分を担うだけで、管理を託した財産は、受益者である親の財産に変わりはありません。
アパートの家賃等の信託財産から得られる利益は、受託者の手元に入ってきますが、契約前と同様、受益者である親の収入であり、従来通り親の確定申告が必要になります。
「管理する権限」と「利益を得る権限」
家族信託を説明するうえで、財産を管理する権限をもっている受託者と、利益を得る権限をもっている受益者の理解が非常に重要ですので、ここで詳しく説明いたします。
あなたが仮にアパートを所有し管理していると思ってください。新規の入居者から申し込みがあり賃貸借契約を結びます。この時契約書にサインしハンコを押すのは誰でしょうか?もちろんオーナーであるあなたです。
また、アパートが古くなり修繕が必要となりました。こんな時、工事業者と契約を結び、ハンコを押すのは誰でしょうか?これもあなたです。
そして、アパート管理が面倒になり建物そのものを売却したくなった時、売買契約書にハンコを押すのもあなたです。このようにアパートを所有している人は、アパートを自由に管理・処分する権限を持っています。これが「管理する権限」です。
また、アパートに住んでいる入居者は家賃を毎月支払います。これを受け取るのは誰でしょうか?オーナーであるあなたです。アパートを売却した際の売買代金を受け取るのもあなたです。このように、アパートを所有している人は、アパートから生じた利益を受け取る権利を持っています。これが「利益を得る権限」です。
ものを所有する権利・権限を「所有権」といいます。不動産、金銭、株などの財産を持っている所有者は所有権を持っています。所有権にはこの「管理する権限」と「利益を得る権限」の両方が備わっておりこれらを分離することはできません。
しかし、この所有権がうまく使えなくなることがあります。それが認知症になってしまった場合です。
アパートが老朽化し入居者が減ってしまいました。そのためアパートの設備を新しくしたいと思い、工事の契約を結ぶとき、認知症になってしまっている場合、契約書にハンコを押すことができません。判断能力が認められないからです。それでは成年後見人の制度を利用するのはどうでしょうか?これも難しいでしょう。成年後見人ができるのは「現状維持」で、アパートの設備を新しくするような工事は投資的な要素があるため、家庭裁判所が認めてくれるかどうかわかりません。
アパートの空室に新規の入居希望の人が来ても、認知症ではあなたは賃貸借契約の契約書にハンコを押せません。成年後見人なら代わりに押すことができますが、成年後見人を家庭裁判所に選任してもらうには時間がかかります。新規の入居者に対して対応ができず、入居者を逃がしてしまうでしょう。
このように代わりに誰かがハンコを押してくれたら、もっと言えば、「管理する権限」を誰かに任せることができたならば。ここで活躍するのが家族信託です。
家族信託なら「管理する権限」と「利益を得る権限」を分離できる
上記のアパートの例で、自分の子供に信託したとします。信託すると「管理する権限」が法的に子供に移ります。ですので、新規の入居者と賃貸者契約にハンコを押すのは子供です。あなたが押す必要がなくなるのです。アパートの修繕や、売却するのに必要な契約も子供がすべて行えます。なぜならアパートの「管理する権限」を持っているのは子供だからです。信託後はアパートの事務手続きは子供がすることになり、オーナーであるあなたが認知症になっても成年後見人は不要です。また、オーナーであるあなたが亡くなってしまっても、相続手続きをすることなく、子供はアパートを管理することができます。
一方で、入居者からの毎月の賃料収入は変わらずオーナーのあなたが受け取ることができます。なぜなら子供に移ったのはアパートを「管理する権限」だけで、「利益を得る権限」はあなたが持ったままだからです。家族信託が便利なところは、この「利益を得る権限」を自分が指定した人に渡すことができることです。最初は自分、自分が亡くなった後は妻、その後は子供や孫に、というように何代にもわたって指定することができます。
ここで家族信託で重要なキーワード家族信託で重要なキーワードを踏まえながら、信託の仕組みを説明します。
アパートのオーナーであるあなたは「委託者」となります。アパートを託され管理するのは子供であり「受託者」となります。「管理する権限」は子供に移ります。アパートの賃料をもらえる権利である「利益を得る権限」は、「受益者」であるあなたが持ったままです。
この「利益を得る権限」のことを「受益権」といい、この「受益権」を「信託契約」で誰に渡すか、誰に引き継がせるかをあらかじめ決めることができます。
家族信託を利用することで、「管理する権限」と「利益を得る権限」を分離し、それぞれを「受託者」、「受益者」に渡すことができます。これにより、管理は信頼できる人に任せ、収益は自分や家族にわたるように設定することができるのです。